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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)775号 判決 1976年11月15日

控訴人

藤井厲二

控訴人

藤井収

右訴訟代理人

今井敬彌

外一名

被控訴人

藤井誠一

右訴訟代理人

佐藤六郎

外二名

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人藤井留治郎の訴訟承継人について

本件記録に徴すれば、控訴人藤井留治郎が本件控訴提起後の昭和四六年三月三一日死亡したこと、同人の相続人は、いずれも子の控訴人藤井厲二、同藤井収及び被控訴人と藤井晃、平原民代、藤井郁、井上とよ子(井上とよ子は非嫡の子)であることが認められる。

二被控訴人の本案前の抗弁について

(一)  被控訴人は控訴人留治郎の控訴は同人の意思に基づかず、同人の控訴代理人に対する控訴の委任は同人の氏名を冒用してなされたものであつて無効であるから、不適法であると主張するので判断する。

同人の本件控訴は弁護士今井敬彌、同末政憲一が訴訟代理人として当裁判所に控訴状を提出して控訴を提起したものであることは本件記録に徴して明らかであるところ控訴人留治郎が同月三一日死亡したことは前記のとおりである。<証拠>をあわせれば、留治郎は明治一八年九月二日生れで、本件控訴の提起当時高令であつて、手がふるえるため自分で字を書くことができず、耳も遠くなり言語障害を起して、言葉が明瞭に聞きとれない状態にあつたこと、同人は従前から控訴人厲二の肩書住所地所在の居宅で厲二夫婦と同居し、死亡に至るまで厲二夫婦から生活のめんどうを見てもらつてきたことが認められる。

しかし、昭和四五年一月一八日郁と留五郎との対話を録音したテープを再生、録取した書面であると認められる甲第一三号証に<証拠>をあわせ考えれば、留治郎は本件訴訟が原審に係属中本件訴えが被控訴人に対してなにを請求するものであるかの趣旨を十分了解していたこと、原審はおいて留治郎、厲二、収らの第一審原告らに対し敗訴判決の言渡があつた後厲二宅において厲二、収、郁らが協議した結果右判決に対し控訴を提起することに決し、留治郎にその旨を申し述べたこと、留治郎はその当時事理を弁識することができ、同人も本件控訴を提起することに同意し、昭和四六年三月一七日付で本件控訴代理人両名に本件控訴の提起を委任したこと、その訴訟委任状の委任者欄には留治郎の承諾のもとに郁が留治郎の氏名を記載し、かつその名下に留治郎が所持していた「藤井」と刻印のある印鑑を押印したこと、以上の事実が認められる。<証拠>中には控訴人藤井留治郎は原審当時本件訴訟に関して厲二らからなんらの相談も受けていない旨の供述があるが、同本人のその他の供述全般を通じてみれば、右供述は、同人が本件訴えの提起、訴訟の係属については異議がなく、ただ原審における訴訟の進行方法等については厲二らから具体的に相談されたことがないという趣旨を述べるものであると解されるから、留治郎の右供述は前記認定を動かす資料とするに足りない。その他に右認定を妨げる証拠はない。

のみならず、本件訴訟につき原審において提出された留治郎の右両弁護士に対する訴訟代理委任状(原審記録二〇〇丁)には特別授権事項として控訴のことも記載されており、この代理権消滅の事由は見当らない。従つて、いずれにしても、被控訴人の上掲主張は採用できず、留治郎の本件控訴は適法であることが明らかである。

(二)  次に被控訴人は、控訴代理人弁護士今井敬彌は前訴において被控訴人の訴訟代理人となりながら被控訴人と利害相反する立場の控訴人藤井厲二、同収の委任を受けて本件訴えを提起したものであつて、同弁護士の訴訟行為は弁護士法第二五条二号に違反し、無効であるから、本件訴えは全体として不適法である旨主張する。

<証拠>に本件和解条項の各記載をあわせ考えれば、藤井留治郎は前訴において本件土地及び原判決添付物件目録(二)記載の建物が自己の所有に属する旨を主張して被控訴人に対し同地上の同物件目録(三)記載の建物の収去及びその敷地の明渡等を請求したところ、弁護士今井敬彌が被控訴人及び右訴訟事件のその余の被告から委任を受け被告ら代理人としてこれに関与したこと、被控訴人及び右事件のその余の被告らの主張の趣旨とするところは本件土地は亡藤井すて(留治郎の妻)の遺産であつて留治郎の単独所有に属するものでなく、被控訴人が本件土地上に右建物を所有して敷地を占有しているのは、すてとの間の賃貸借契約に基づくものであつて、被控訴人にはその敷地の明渡義務はないというのであつたこと、そうして右事件の受訴裁判所は和解を試み、昭和四〇年四月一九日被告ら代理人として今井弁護士が関与したうえ本件和解が成立したところ、その和解の骨子とするところは、本件土地及び右(二)の建物が留治郎の単独所有であるか又は亡藤井すての遺産に属するかの点はあえて問わないこととしたうえで、右訴訟事件の当事者及び利害関係人として参加した藤井晃の全員が本件土地及び右(二)の建物をできるだけ高額(最低価額一坪につき一二万円)で売却することを承諾し、その売却代金から売買に要した諸経費等を差引いた残金を和解条項第二項所定の配分率に従つて配分する趣旨のものであつたこと、以上の事実が認められ、右認定を妨げるに足りる証拠はない。

よつて考えるに、前訴において審理判断の対象とされた主たる事項は本件土地及び前記(二)の建物が藤井留治郎の所有に属するかどうかという点と被控訴人の前記(三)の建物の収去及びその敷地の明渡義務の存否であるところ本件訴訟における審理判断の対象は被控訴人において本件売買契約につき本件和解に基づく同意義務があるかどうかということであるから、本件訴訟が前訴と同一事件若しくは紛争を同じくするものということができない。

従つて前訴に関与した前記今井弁護士の行つた本件訴訟行為には弁護士法第二五条二号違反のかどはないといわなければならないから、被控訴人のこの点に関する上掲主張は採用できない。

三本案につき判断する。

(一)  <証拠>によれば、弁護士今井敬彌及び同末政憲一が本件和解条項第三項により付与された権限に基づき昭和四四年一月一一日控訴人厲二及び同収らとの間で同控訴人らを買主とする請求の趣旨記載の本件売買契約を締結したことが認められ、この認定に反する証拠はない。

控訴人らは、被控訴人は本件売買契約につき同意の義務がある旨主張するので、この点につき考察する。

本件和解条項第三項によれば、本件和解当事者らは、本件和解条項第一項(1)の売買の交渉及び売買契約の締結を弁護士末政憲一、同今井敬彌に一任するものとするとともに、これに附加して、但し書として「本件和解当事者及び利害関係人の同意を得るものとする。」旨が約定されている(以下この但し書の条項を同意条項ともいう。)。

ところで、上掲甲第一号証(本件売買の売買契約書)の第五条の記載に<証拠>をあわせ考えれば、本件和解において売却することを合意した本件土地等の物件の買手は本件和解当事者らが適宜探すこととしたが、売買契約の締結については法律上の知識を必要とするものもあることと、本件和解条項の趣旨に則り当事者双方にとり公平な内容のものであることを要するため双方の訴訟代理人である末政弁護士(原告側)と今井弁護士(被告側)の両名に売買の交渉と売買契約の締結を一任することとしたこと、しかし売買価格の決定買主の選定等については右両弁護士に全面的に一任しきれないものがあつたため留治郎の発議により売買契約の締結には本件和解当事者ら全員の同意を要し、その売買契約が本件和解条項第四項の売却条件を具備する場合でも売買価格、買主等の契約の主たる要素において、相当でないものがあると判断されるときには和解当事者らにおいてその同意を拒否することができるという趣旨において本件の同意条項を付したこと、以上の事実を認定することができ、右認定を妨げるに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、本件和解条項第三項但し書による同意は、これを与えるか否かは本件和解当事者らの意思に任されていると解せざるをえないのであるが、その同意の拒否については本件和解の趣旨に照しておのずから制約があり、正当な事由なしにこの同意を拒否することは許されないと解するのが相当である。

(二)  そこで被控訴人が本件売買契約につき同意を拒否し得るかどうかにつき考える。

<証拠>を総合すれば、本件和解の成立後藤井留治郎、厲二及び被控訴人らにおいてそれぞれ本件土地等の買手を物色したが、和解成立後六カ月以内に最低価格の坪当り一二万円で買受ける者はなく、その後昭和四二年までの間に二、三の買手が現われたが、本件土地を一括して売るについては面積が広すぎること、同地上に被控訴人が所有する原判決添付物件目録(三)記載の建物が存在すること、紛争付き物件であると見られたこと等のため買手の提示した代金額が低くて売買価格の点で折れあいがつかず、売買契約の成立に至らなかつたこと、そこで昭和四二年一一月被控訴人側から、被控訴人が本件土地中部控訴人所有の右目録(三)の居宅の存在する同目録(四)の土地にその周囲の土地約一〇坪を加えた53.75坪を取得することとし、その取得価格は一坪につき一〇万円として清算すること、残余の土地は被控訴人以外の本件和解当事者らが取得することとして、留治郎及び被控訴人がその売却の任にあたるという趣旨を骨子とする和解案を提示し、控訴人厲二、藤井郁らはこの案に同意したが、その余の和解当事者殊に留治郎の承諾が得られなかつたためこの案は成立するに至らなかつたこと、ところが被控訴人は昭和四三年三月ころ右居宅の周囲に新たにブロツク塀を張りめぐらし、かつ居宅に附加して一階六畳、二階六畳を増築し(この塀の新設、増築の事実は当事者間に争いがない。)たので厲二らは直ちに被控訴人に対し異議を述べ、その撤去を申し入れたが、被控訴人はこれに応ぜず紛議を生じたこと、その後厲二、収らから同人らが本件土地を坪当りの代金一二万円で買い受ける旨の本件売買契約案が提示され、前記末政、今井両弁護士との間で本件売買契約が締結されたこと、被控訴人を除くその余の本件和解当事者らはこれに同意したが、被控訴人は同意しなかつたこと、被控訴人が本件売買契約に同意しないのは、被控訴人が本件訴訟において主張するように、本件和解条項第一項(1)に「第三者に売却する」というのは本件和解当事者ら以外の者に売却するという趣旨であるということのほかに、本件和解成立後約四年を経過しその間地価の変動がはげしかつた段階において本件和解条項所定の最低価格で売買するのは買受人をして不当に利得させることになつて相当でないということ等を理由とするものであること、以上の事実が認められる。右認定を妨げるに足りる証拠はない。

以上のように本件土地等について適当な買主を見出すことができず本件和解の目的を達することができないのは、当事者にとつてまことに不本意なことと察せられるのであるが、(1)本件売買契約は本件和解から四年近く経過した後でその間に地価の変動がはげしかつたこと、(2)被控訴人は、本件和解において、本件土地の売却に際しそこに所有し且つ居住している家屋(原判決添付物件目録(三))を収去して土地を明渡すこととされていること、(3)本件和解において控訴人収は本件土地上にあつてその居住の家屋(原判決添付物件目録(二))を明渡すこととされているが、本件土地建物を買受ければその要がなくなり和解条項で定められた代金の配分率を変更しなければ衡平を欠くに至ること、(4)控訴人らと被控訴人は兄弟の間柄で、本件和解後その間の確執がはげしくなつているのに右(2)及び(3)に記載した関係に在る本件土地を控訴人両名が買取ると、兄弟間の確執を更にはげしくさせる原因となるおそれがあり、かえつて紛争の円満な解決を期待した和解の趣旨に反する結果になること、(5)このような関係にあるため本件和解条項を通観すると、本件和解は本件土地等を当事者でない第三者に売却することによつて紛争の種を取除くことをも目的としたものと推測されることなどの事情を考慮すると、被控訴人に対し本件売買契約の締結について同意を強いるのは相当でなく、被控訴人がこれを拒むについては、客観的な観点からみて相応の理由があるというべきである。

してみれば、被控訴人が本件売買契約につき同意を拒否するのは正当な事由に基づくものであるから控訴人らが被控訴人に対し本件同意を求める請求は理由がないといわなければならない。

四以上説示のとおり控訴人らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であつて、本件控訴はいずれも理由がない。

よつて、民事訴訟法第三八四条は従い本件控訴をいずれも棄却することとし、控訴費用の負担につき同法第九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(松永信和 間中彦次 後藤文彦)

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